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五本のボーロ
第13回 2009年度 受賞作品
入賞作品
作者名:山田昭裕
所属企業:㈱文明堂東京 武蔵村山工場
入賞作品
作者名:山田昭裕
所属企業:㈱文明堂東京 武蔵村山工場
記事(紹介文)
どんなお店にも、そのお店の「顔」ともいうべきメインの商品と、逆に脇にひっそりと並んでいる商品があるもの。
私が担当していた和菓子店の場合、ボーロの詰め合わせがまさにそんな役でした。メインはどーんと正面に鎮座しているカステラ。贈答用にひきもきらず、まさにお店の「顔」。それに対して、ボーロは積み重ねることもできない袋売りで、もっぱら日々のオヤツのような軽い役どころでした。
ところがこのボーロ、なかなか根強いファンがいました。他のどれでもない、これだけを買っていく。もともと脇役、そんなに多くを仕入れていないので、たまに〝ファン〟がたくさんお求めになると、その後見えるお客様には心苦しいことになってしまいます。
「申し訳ございません。ただいま切らしてしまいまして…」 「えー!残念だわ。いつも置いていらっしゃいますよねぇ?」 「さようでございます。しかしながら本日は午前中にまとめてお買い上げ頂いたお客様がいらっしゃいまして…この数とお値段でしたら、こちらのお品物など如何でしょうか?」 「いや、ボーロが無いならいいや。また来るよ」 メインでないとはいえ、気が抜けません。
いつからか、やはりこのボーロだけを指定する、あるご婦人からの電話の注文が入るようになりました。数も決まって、5本。段ボールに詰めてお送りするのですが、メイン商品のカステラのような箱型では無いいわばイレギュラーな梱包なので、なかなか綺麗に詰めるのが難しい。専用の箱を用意しなければ。梱包材は切らしていないだろうか。数も少なく、その割にはルーティーンとして〝こなせる〟作業でもないので、いつしか心の中に「少し面倒だなあ。そんなに好きなら、直に店頭に来ればいいのに」という感情がどこかにもたげてきたのも、また事実でした。
そんな件のご婦人から電話がかかってきました。「ボ―ロを5本、○○宛に届けて下さいね。」 そして続けてこう言われたのです。「私は足が悪いから、玄関に出るまで時間がかかるの。悪いんですけど、配達の人が近くまで来たらうちに電話を入れてくれるように、分かるように書いておいてくれませんか。電話が来たら、準備して出ますので」 この言葉に、私は考えさせられました。外出もなかなか苦労されているであろうあのご婦人は、週に一度届くボーロをどれほど心待ちにしているかを。そして、その軽食に、あるいは主食の一角を占めるかもしれないボーロはもはや彼女の日常生活に欠かせないくらい大切なものになっており、私たちはそれに大事な貢献をしている立場にあったということを。さらに、お店とご婦人の間では、この電話と実際に届く商品だけが、お互いを繋ぐメッセージなっているかもしれないのだと。
これ以降改めて、梱包には自然と気配りが働くようになりました。明記した注意を、配達の人はちゃんと読んでくれているだろうか。開けた時に喜びをもって商品と出会ってくれるように、綺麗にお詰めできただろうか。
何度目かの注文の際、私はふと聞いてみました。「配達の方にはお届けにあがる直前にお電話をいれるよう、注意書きを書かせて頂いております。お電話は受けられていますでしょうか?」と。「えぇえぇ 頂いております。大丈夫ですよ。これからもよろしくお願いしますね」。心からほっとして、何か暖かいものが胸に残るのを覚えました。
一人一人に、心をこめる。それはメインの商品を大量に買われるお客様にも、脇役の商品を少しだけ買われるお客様にも平等です。
今は販売という立場からは離れてしまいましたが、そんな当たり前のことを気づかせてくれたあのご婦人はどうしていらっしゃるのか。時々気になる今日この頃です。きっと変わらず、お電話で「ボーロ5本、いつものようにお願いね」と頼まれているのではないでしょうか。